映画祭物語『思い出そう、大切なこと』 第一章 出会い エピソード2

映画祭ブログ担当、ながたです。 大雪が降ったかと思うと急に暖かになったり、くれぐれもお身体大切にされて下さいね。 では、続きです。

<エピソード2>

  
「やっべぇ、動かない・・・。」
大学生の只野元気(ただの げんき)は、動かないデスクトップのパソコンの前で呆然としている。

「ちょっと、速度を早くしようと思っただけなのに何だよ。」
大学入学の時に親に買ってもらったパソコンだが、大学4年となった今では、かなりの旧式で処理速度が圧倒的に違うため、パソコンに詳しい友達から聞きかじった俄かな知識で、無謀にも改造を試みた結果だった。
「やめときゃ良かった。」アルバイトで稼いだ大枚3万円をはたいた上での大失敗だった。

その時、携帯電話が鳴った。
「もしもし、只野ですけど。」

元気の耳に、甲高い女性の声が飛び込んできた。
「只野元気さんの携帯電話ですよね。あの、バリアフリー映画同行鑑賞会にボランティアの申し込みをされましたよね。もう、集合時間過ぎてるのですが、あとどれくらいでこちらに着きますか?」 電話の声は、一気にしゃべり続ける。
「もう、まもなく到着でしたら、只野さんを待って劇場に向かいます。」
「えっ?何ですか?」元気は一瞬何の事かわからなかった。
「えぇーっ、只野元気さんの携帯ですよね。先週こちらに誘導ボランティアで申し込みされてますよね。こちらからお送りした受付メールを読んでないんですか?」
元気は、その言葉に思わず
「あー、忘れてた!」
そういえば先週、映画好きの友達とネットカフェに行ったときに誘われて、その場で申し込みをしたのだった。ここ数日、パソコンの調子が悪かった事もあって、パソコンのメールをチェックしていなくて受付メールも気づかなかった。
「も、申し訳ありません。俺、パソコンが壊れててメール観ていませんでした。すみません、今、まだ家です。間に合いません。」
「そんなぁ、一緒に参加されるお友達もまだなんですけど、二人ともキャンセルなの?」
「あぁっと、友達のことはちょっとわからないっす。すみません。」
「わかりました。お友達と連絡がとれましたら、出発したと伝えてください。」
女性はそう言うと電話を切った。

元気は慌てて友達に電話をしたが、なかなか繋がらず、やっと繋がったと思ったら、
「何だよ、明け方までバイトだったんだ。後で電話するよ。」
と、そっけなく電話を切られた。
その後、先ほどの女性に電話をしたが、映画館に入ってしまったのか電話は、つながらなかった。元気は、申し訳ないと思いながら、改めて謝るのも気おくれして、結局何もしなかった。  
数日後、只野元気のもとに、実家から一枚のDVDが届いた。同封の手紙には、「元気、元気ですか? この間おばさんがドキュメンタリー番組で紹介されたから録画したDVDを送ります。ちゃんと観て、おばさんに感想を伝えなさい。」と書かれていた。
「おばさんは、すごいなぁ。」<おばさん>と言っても正確には元気の父親のおばさんで、戦後すぐから盲学校で教鞭をとっており、96歳になった今でも、ボランティアとして点字や触る絵本づくりを教えている。

 DVDをセットすると、ナレーションと共に<盲学校の母、只野しづさん>と書かれたタイトルのテロップとボランティアに向かうおばさんの映像が流れる。

「おばさん、元気だなぁ。・・・そう言えば、子どもの頃、盲学校の子どもたちと一緒に夏祭りに行ったことがあったっけ。そのとき、僕と手をつないでた子が転んで膝をすりむいた。僕が、段差があることを教えなかったから、話すのが楽しくて、相手の眼が見えないという事を忘れてた。僕は、人にけがをさせてしまった。ほんのかすり傷かもしれないけど、僕がいけないんだ。そう思ったら、涙がぽろぽろ出てきてどうしようもなくなった。その時、けがをした子が、ありがとうって言った。何でだかわからないけど、本当にうれしそうにありがとうって言ったんだ。あの子、今頃どうしてるだろう・・・。」
ボーっと画面を観ながら、子供のころを思い出していた元気の心に旋律が走った。
「この間の鑑賞会、僕たちが誘導するはずだった人はどうしたのだろう。」
「大変な事をしてしまった・・・。」
元気は居ても立ってもいられず、携帯電話の着信履歴をたどり、先日の女性に電話をした。

次回に続く・・・。

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