映画祭物語『思い出そう 大切なこと』第6章 シティライツ映画祭

映画祭ブログ担当 ながたです。

本日はありがとうございました。

みなさまのおかげでとても素敵な映画祭になりました。

あと、もう少しで完結です。

いましばらくおつきあいください。

8時30分

江戸東京博物館の駐車場には、黒いシティライツのTシャツを着たボランティアたちが集まっている。総勢95名。
久しぶりに参加するボランティア達は、懐かしい仲間と旧交をかわし、初めて参加するボランティアたちの表情は緊張している。
「みなさん、おはようございます。」
リーダーが話し始める。
「ここは、後ろに電車が走るので、全体ミーティングはロビーに入ってからにします。まずは個別の班毎に集合してください。」
真っ赤なTシャツを着た佐緒里、音松、元気、エルザ達が自分の担当部門のボランティアを集める。
前日の夜に大方の準備が完了している為、それぞれの説明もスムーズに進む。

あかりにぴったり寄り添う松五郎は、はなの方をみつめている。
「ショコラティエちゃんは、大丈夫だろうか。」
パソコンを上手く使えなかった事、最後にはなさんにお願いしなければならなかった事に心を痛めさせてしまった。
自分の班の説明を終えたはなが、松五郎のもとにゆっくり歩いてくる。
「悪い知らせだ。」
松五郎は直感的に思った。
はなは、松五郎の傍らに立つとメモを見せた。
「ショコラティエ、今、入院しているけど、きっと大丈夫。」
「僕がいけないんだ。僕がショコラティエちゃんに無理強いしたからだ。」
松五郎は心の中で悔やんだ。
「大好きなショコラティエちゃんにもしもの事があったら、僕は、もう、盲導犬では・・・お姉さんごめんなさい。」

9時。
館内へ入る扉が開く。
ボランティア達が、ホールロビーに入る。
「では、全体ミーティングを始めます。」
リーダーの声が響く。
「今日は、よろしくお願いします。いろいろマニュアルがありますが、まあ、一番のマニュアルは臨機応変と言うことでよろしくお願いします。」
それぞれが自分の持ち場に着く。
「ラジオの使い方は・・・。」
「大きい荷物は休憩室へ・・・あ、貴重品は持ってね。」などなど、
いろんな大声が飛び交う。

「あと5分で開場です。スタンバイは大丈夫?」
佐緒里のひと際大きい声に、スタッフの間に緊張が走る。
「いよいよだ。」元気は大きく深呼吸した。
音松、はな、笑子、そしてエルザの表情が引き締まる。
ガラス張りのホールロビーの外には、既に開場を待つ人々の列が出来ている。

10時。
「開場します。」佐緒里の声の合図でロビーの扉が開く。
「ラジオの貸出しこちらでーす。」
「シティライツTシャツ販売してまーす。」
「福島県いわき市 ゆかりへの募金はこちらでーす。」
シティライツ映画祭恒例の大声の案内が一斉に始まる。

松五郎は、案内板を持つ、あかり、七海と一緒に両国駅近くの交差点に立っている。
「松五郎くん、大丈夫?」
七海が松五郎の心に問いかける。
「大丈夫じゃない。でも、僕はどうすればいいのかわからない。」
「私は、解る。ハーネスについている天使のクリスマス飾りを届けてベルを鳴らして。」
「でも、僕は盲導犬なんだ。お姉さんのそばを離れる事は絶対に出来ないんだ。」
「それは、大丈夫。すぐに知らせがくる。ショコラティエのもとに行かれるわ。私の感を信じて。」
その時、あかりの携帯電話が鳴った。
「はい、えっ? わかりました。」
あかりが、電話を切ると、
「七海さん、ここは一人でお願いして大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。」
「ショコラティエの容態が危険らしいの。それで、はなさんと受付を代わることになったの。」
「わかりました。」
「ショコラティエちゃん。」
松五郎は、心の中で祈った。

11時
大輔&めーたんがステージに登場する。
そして、正面左の小さなスクリーンには、聴覚障がい者のための要約筆記の文字が並ぶ。
まずは、ステージの広さの説明。大輔さんがマイクを使わずステージの前後左右を移動していく。

ロビーでは、遅れてくるお客さんもいるものの、ラジオ係や物販、受付が交代で映画や食事に行き始める。
「笑子さん、ちょっといいかしら。」
あかりが笑子に話しかける。
「ええ、何ですか。」
「この前、頂いたベルなんだけど・・・。」
あかりが、バックの中から木箱に入ったベルを取り出す。
松五郎が尻尾をピクッとさせる。
「音が出なくなってしまったの。」あかりが、ベルを差し出す。
ベルを確かめる笑子。
「あ、小さなビーズが引っかかってますよ。」
笑子が、ビーズを取り出しベルを鳴らす。
チリンチリン。
「直りましたよ。」
笑子が笑顔でベルを渡す。
松五郎は、思いつめたように尻尾をだらりとしたまま、あかりを見上げる。
「松五郎・・・。」あかりが心配そうにみつめる。
「お姉さん、ごめんなさい。」松五郎が声を出した。
「えっ・・・。」一瞬だけ驚くあかり。
「僕・・・。」
松五郎がしゃべり終える前に、あかりが命令する。
「クラレンス、ゴー。」
松五郎は、我を忘れ歩きはじめる。

11時05分
場内が暗くなり、クリスマス風景のイラスト、鐘の音と共に映画『素晴らしき哉、人生』が始まる。
あかりと松五郎は、JR両国駅からタクシーに乗る。
「クラレンス、グッド。」
あかりが、行き先を告げるとタクシーがゆっくり走り出す。
松五郎の耳元でそっと話し始めるあかり。
「今、病院に向かってるからね、松五郎。」
そう言うと松五郎の首をなでた。

動物病院のケージの中で、ショコラティエが苦しそうにもがいている。
「松五郎さん、ごめんなさい。」
心の中でうわ言をつぶやいている。
はなが、成すすべなく見守る。

11時30分
映画では、主人公の二人が軽快なダンスステップを刻む。
動物病院。
横付けされたタクシーから、あかりと松五郎が降りる。
松五郎よりあかりの方が先に立って歩いている。

ショコラティエを見守るはな。
やってきた松五郎が、ベルを咥えショコラティエの傍らに立つ。
チリンチリン。
松五郎が耳元でベルを鳴らし必死で祈り始める。

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