映画とその原作を思う

こんにちは、映画祭実行委員のモグタンです。
今日は映画と小説などの関連に関しての意見を述べてみたいと思います。
映画と小説は切手も切れない縁と申しましょうか、映画の多くは原作本がある
か、ノベライズ本が出ております。

原作本と、ノベライズ本の違いは、先に小説があり、その小説を元にして映画用
の脚本を作り、撮影するのが原作本のある場合です。
山崎豊子さんの「沈まぬ太陽」などはその一つですが、もともと5冊にも及ぶ大作
をわずか180分強に凝縮しなければならず、おのずから多くの部分は割愛さ
れ、その結果原作を先に読まれておられた方からは「物足りない」などと批判を
浴びる結果となりがちです。

それに引き替え、浅田次郎さんの「鉄道員(ぽっぽや)」、「オリオン座からの招待状」な
どは50ページ程度の短編を120分前後に膨らませており、こちらは先の場合
と異なり原作にはないエピソードを追加するとか、重要と思われるシーンに時間
を多く割くなどしております。
これまた原作を読んでいた人には不評の要因となります。
そんな原作のある本に対し、映画を作成する段階でノベライズの本を製作する事
もあります。
今年のアカデミーの外国アニメ部門の選考に残っていた「サマーウオーズ」(昨
年の夏に同行鑑賞会も実施されました)があります。
他にも複数ありますが、原作のある物と異なり、基本的に映画を活字にしたと考
えても差し支えない訳ですからおおむね映画の内容と同じであります。
ただ、映画はスクリーンに映し出される映像を見て、音響を聴いて、それを見た
人がどういう風に感じ取るかというのが宿命ですが、活字にしてしまうと映像で
見せれば簡単な状況も描写が必要となる場合が多々あるので、自ずと表現力には
違いがあります。
また、心理描写などは活字では作者の意図を確実に表現しやすいですが、映像で
は演じる役者さんの力量だけでは自ずと限界があり、見た人それぞれに受け取り
方が異なる場合があります。
要するに得手不得手があるといえるのではないでしょうか?
この点は「ハッピーフライト」のノベライズ本に記載がある程ですので制作者
側でもその違いは十二分に理解されているようです。

さてなんでこんな話をしているかと申しますと、視覚障碍者の友人に「原作があ
る映画はまず読んでから映画を見るようにしている」と言われた事があるからです。
確かに映画を見る前におおよその内容を掴んでいるので音声ガイドがなくても隣
の席で簡単な解説をしてもらうだけで楽しめる可能性は大きくなりますね。
ですが、その考えとは反対に、すでに結果の判っている野球やサッカーの試合を
見てもそれほどおもしろくないとか、犯人が判っているミステリーを読んでもお
もしろくないのでは?という考えもある訳です。

そういったこもごもの問題を解決する方法に「音声ガイド」があるといっても言
い過ぎではないと思うのは私だけでしょうか?。
ただ、原作がある映画は役者さんの表現力だけでなく感情などをくみ取れるので
すが、そういった物がない映画の場合は表情なや前後の状況などから寸借するし
かなく、時には意見が異なり音声ガイド作りの大変さを実感させられたりします。
それゆえ多くの努力と経験を数多く蓄積してきているシティーライツの力は
やはり素晴らしいとしか形容はできませんが、ガイドを作成しておられる方々は
「まだまだ」と日々精進しておられます。
そんな風に作成されている音声ガイドを是非とも体験していただくには「シ
ティーライツ映画祭」は手頃かと思われますので皆様是非とも当日はラジオから
流れる音声ガイドをお聞きいただき、ご批判、感想などお寄せいただきたく思い
ます。
貴重なご意見がさらなる音声ガイドの完成度を高める物と確信しております。

ではでは皆様是非とも6月4日には両国の江戸東京博物館へお運び下さいませ
(ぺこり)。
長々と失礼しました。 ご拝読ありがとうございました。
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